サマンサタバサの社長 寺田和正とは?仕事への考え方は?

■サマンサタバサの社長 寺田和正とは?

サマンサタバサの社長・寺田和正は1965年に広島で100年の歴史を持つ家業を営む家の次男として生まれます。経営者である父親の姿を見て育ったため、いつの日かきっと社長になることを描いていました。

次男のため、家業を継ぐことは難しいと判断した寺田和正は成長するに連れて、自身のビジネスを展開する方針に向かいます。学生時代はどのようなビジネスを展開するべきか模索する日々を過ごしますが、大学生のころ、父親が病に倒れます。自分の足で生きることが必要になった寺田和正は、当時の留学先カナダで流行っていた革ジャンを日本人の体型に合わせてセミオーダーできるサービスを提案。これが大ヒットとなり、ビジネスのチャンスを感じました。

しかし卒業後にすぐ起業することは避け、3年間、サラリーマンを務めます。これは将来雇用する従業員の立場をしっかりと学ぶため。起業直前の社会人3年目でバブルが崩壊しそれまでの状況が一変することになりますが、夢を諦めずに突き進むことを決意しました。

創業から4年の1994年、満を辞してオリジナルブランド・サマンサタバサを立ち上げ、現在の成功を収めています。

■寺田和正の考えるサマンサタバサの戦略

寺田和正は創業当初より、「世界ブランドを創る、日本発世界ブランドへ」を合言葉に世界戦略を意識してきました。寺田和正は学生のころから、経営にはゴルフと英語が必要と考えており、その結果、カナダで語学力を磨くことになりました。このときの寺田和正の経験が、異文化を知ることを含め、海外の動向に敏感でい続けるサマンサタバサのスタンスを築くことになります。

2008年のリーマンショック以降、それまでメインストリームと考えられていた欧米ブランドのヒエラルキーが崩れ、アジアブランドにも大きなチャンスが巡ってきました。
サマンサタバサもそうした波に乗り、現在では国内に展開する281店舗(2018年2月現在)に加え、上海、北京、香港、ソウル、シンガポール、ハワイにも多くの店舗を構えています。

■寺田和正の仕事への取組み

寺田和正の仕事への向き合い方の中心に、「ピンチこそチャンス」といった言葉があります。ピンチのときは、多くの人が消極的になりがち。そこに切り込んでいくことに、自分にしかなし得ないチャンスがあるという考え方です。

これは寺田和正自身が起業前に経験したバブル崩壊や、リーマンショックがもたらした主要マーケットの転換などにも結びつきます。

寺田和正はこれから社会に羽ばたく若者にも、決して後ろ向きにならず、何事にも挑戦する心を忘れずにいてほしいと考えています。

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